東山歯科クリニック  〜Information〜
横浜へ移って、2度目の師走となりました。これからも身近な話題や、プライベートなことなど気ままに報告したいと思います。お暇な時にふらっと立ち寄っていただければ幸いです。
メインページは東山歯科 HPです
07 | 2007/08 | 09
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

風船爆弾
第2次世界大戦末期、旧日本陸軍が開発した「風船爆弾」に関する詳しい資料が見つかり、模型と共に江戸東京博物館にて公開されています。

江戸東京博物館ホームページ: http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/

風船爆弾は和紙をこんにゃくのりで5層に貼り合わせて作った直径10mもの巨大風船に水素を充填し、爆弾をつるした兵器で、正式には「ふ号兵器」と秘匿名称で呼ばれていました。
陸軍は1944年秋から製造し、千葉県一ノ宮・茨城県大津・福島県勿来の各海岸の基地から約9300個が放たれました。
気球は1万m上空の偏西風に乗って50時間程かけて、300個前後が米国本土などに届き6人が死亡、原因不明の山火事が多発したとの記録が残っています。

風船爆弾

スミソニアン航空宇宙博物館の資料より


紙風船につるした爆弾とは、原始的でばからしく思えますが、実際には自動的に高度を調節する装置(高度が低くなると、バラスト嚢を落とし高度を上げる)や偏西風を使った気象研究、また精密な電気装置で爆弾と焼夷弾を投下したのち気球部は自動的に燃焼する仕掛けなど当時の最新技術が組み込まれていました。

米国では当時偏西風の存在を知らず、どうやって気球を日本から到達させたのかが分からなかったことから、米陸軍は情報操作を行って風船爆弾による被害を隠蔽していたとも言われています。
また、プルトニウム製造工場の送電線に引っかかっているのが見つかったため、原爆の完成が3日遅れるなど何らかの戦果?はあったようです。

今回新たに見つかった資料は、爆弾メーカーの技術者の遺品からで、風船部分の図解がある仕様書や、工場に使われた東京宝塚劇場の作業配置図など、学徒動員の実態も記されています。

風船爆弾は東京大空襲で壊滅的な被害を受けた45年3月までに製造を終え、米国に詳細を知られるのを恐れた日本側は敗戦後関連資料の焼却処分を徹底、タブーな存在として封印されてきました。


風船爆弾の話は私も子どものころ父から聞かされてはいたものの、その後スミソニアンに展示されているのを見るまでは冗談かと思っていました。
コンニャク芋が軍需品となったため、おでん種からコンニャクが消えたというのも事実だったようです。

特集展示「風船爆弾と勤労動員展」は12月9日(日)まで開催されています。

 人気ブログランキング参加中・・・こちらもよかったらポチット→ 人気ブログランキングへ 




FC2カウンター

時間帯に合せた挨拶文
現在時刻等の表示
ランキングアップにご協力お願いします。
            ↓  ↓  ↓ 
FC2 ブログランキングへ

MEMO

  • 東山歯科クリニックは京急日ノ出町駅前(横浜市中区)の“インペリアル横浜パークサイド”2階にあります。
    スリーエフ横の通路をぬけると、近道です。
  • 土曜・日曜日も診療しています。

      東山歯科のご案内



    当院では口腔癌検診を行っています。お気軽にご相談下さい。 

ブログ内検索

最近の記事

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のコメント

お世話になっている方のブログ

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

RSSフィード

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2ニュース