東山歯科クリニック  〜Information〜
横浜へ移って、2度目の師走となりました。これからも身近な話題や、プライベートなことなど気ままに報告したいと思います。お暇な時にふらっと立ち寄っていただければ幸いです。
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井伊直弼の最後の書状発見
武具専門に展覧する、井伊美術館(京都市東山区)によれば、幕末の大老井伊直弼が、「桜田門外の変」で暗殺される8日前に書いた最後の書状が見つかったことが18日、明らかになりました。


見つかった書状を示す井伊館長


この書状は1860(安政7)年2月25日付で、地元彦根藩の家老三浦内膳にあて、火災に遭った江戸城復興に当たる家臣や大工の人選を細かく指示する内容で、直弼の神経質な一面がにじみ出ているなど、その人柄を知る史料とのこと。

また、井伊美術館によると、江戸城本丸は59年に全焼し各藩分担して再建。
書状は、担当する家臣を指名し早期に本丸内にある書院の建築に取りかかれと命じる一方、大工の棟梁はいまだ決めかねている、などと記されていました。

さらに、再建した本丸は後世まで残るとして、彦根藩がほかの藩の手本になるよう言い含めています。


井伊美術館HPより


書状は約30年前、直弼の子孫である館長の井伊達夫氏が、所蔵していた滋賀県彦根市の三浦家から購入したもので、あい染めの和紙に書かれ、長さ1.15m、幅17cm、一般公開は未定としています。

書状としてはこれまで、1860年2月22日付で老中松平乗全にあてた私信が最後のものとされていました。

館長によれば、直弼の手紙は極めて用意周到綿密なのが通例だそうですが、絶筆となった本状は珍しく不用意かつ乱筆で、直弼文書中最難読の文書だそうです。


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